人生は自分で選ぶもの。他人は責任を取ってくれない。

変化

人生は自分で選んでいくものです。なぜなら、誰もその選択の責任を取ってくれないからです。

私が家庭教師だった頃、志望校選びは生徒自身に任せていました。自分が気になった学校のオープンキャンパスに足を運び、そこに流れる空気を肌で感じて、馴染めそうなところを自分で選ぶ。すると「自分はこの学校を受けるんだ」という自覚も出て、モチベーションにも繋がってきます。

一見、当たり前のように思える選び方ですが、現実はそうとも限りません。自分の成績と学校の偏差値を見比べて、「狙えそうな学校を狙う」「行けそうな学校に行く」、そんな選び方がまかり通っています。なぜなら、教師や親がそうするように指示しているからです。

「お前はこの成績なんだから、この学校に行くべきだ」と親や教師に言われて、合格したとします。生徒がその学校に馴染めれば良いのですが、もし馴染めなくて後悔した時に、誰がその責任を取るのでしょうか。

「お前らがここに行けって言うから、その通りにしたのにこのありさまだよ。一体、どうしてくれるんだ」

この憤りに対して、私たちは返す言葉を持ちません。時間は決して戻りません。一度、行った選択をなかったことにすることはできないのです。しかし、それが自分の選択であれば、「自分でここを選んだのだから」と納得できます。人はそうして、次の選択のための学びにするのです。

誰かの指示に従ってしまうと、そうした学びが生まれません。「自分がこうなったのはあいつのせいだ」と考えられてしまう余地があると、成長がそこで止まってしまいます。人のせいにするのは楽かもしれませんが、自分の人生のはずなのに、自分がなくなってしまいます。

そして、これは学生時代の志望校選びに限りません。どこに就職するのか、どんな人間とつきあうのか、恋人は、結婚は、趣味や余暇の過ごした方は、人生のあらゆる局面で、選択は今もずっと続いているのです。

あなたが今、選択している行動の理由はなんでしょう。誰かにそう勧められたから、あるいは誰かにそう命令されたから。もしそれだけだとしたら、楽しいフリをしているだけだったり、嫌で嫌でたまらなかったり、「自分の人生ってなんだろう?」と考えたりしているはずです。

どんなに理屈で説得されて表面上は頷いても、あなたの根っこにある感性は、気に入らなければそれを拒否します。頭や理屈はごまかせても、心や身体、あるいは細胞と表現されるような領域は、必ずノーのサインを出します。その時、あなたはどちらに従うべきでしょうか。

他人に従っても、自分で選択しても、苦しみや悲しみがなくなるわけではありません。しかし自分で選び続ければ、「あいつのせいで」と考えるよりも、変化が起こせるようになります。

 

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