変わりたいのに変われない。理由は「未知因子」と「凍結記憶」

潜在意識

変わりたいのに変われない。志望校に合格したいのに、成績が上がらない。夏までに3キロ痩せたいのに、運動も食事制限も続かない。もっと裕福な暮らしがしたいけれど、給料が上がらない。独立したいけれど、会社を辞める踏ん切りがつかない。家族を大切にしたいのに、なぜかそれが裏目に出てトラブルばかり起こる。

それなりに努力もしているはずだけれど、その努力が報われない時、私たちは「運命」という言葉を口にします。何をどう努力したところで結果は同じ。最初から決まっている。そんな諦め気味の結論しか考えられないような状況に放り込まれることが多々あります。なぜ私たちは、思わず運命を持ち出したくなるような、不幸な連鎖から抜け出せないのでしょうか。それは運命の正体を知らないからです。

人間は運命に限らず、それが未知のものである限り影響を受け続けます。これを星をたどるでは、「未知因子(アンノウンファクター)」と呼んでいます。たとえば自分では「お金を稼ぎたい」と思っても、それとは別に心のどこかで「お金は汚いもの」「あんまりカネ、カネ言うのはみっともない」「人よりもお金たくさん稼いでいるのはズルをしたから」といった教育を受けて、そういう信念が知らず知らず形成されていることがあります。すると大人になってお金が必要になり、そのために努力してようとしても、「お金を稼ぐのは良くないこと」という信念に足を引っ張られてしまいます。

こうした未知因子は色々ありますが、特に強力に影響を及ぼすのが一族の因縁です。親兄弟といった家族、祖父母曾祖父母といった親族、叔父や叔母などの親戚のうち、誰かが起こした何かしらの出来事。それに対して周囲が見せた反応。子供の頃は物事を自分で選べず、ただ彼らに従うしかありません。その状態で「世の中とは、人生とは、物事とはこういうものだ」という信念を、私たちはその出来事と反応を通じて継承させられてしまいます。

そして、その信念には好ましくないもの、というよりも「おぞましい」と表現するのが相応しいような因縁も含まれます。因習や血縁をテーマにした横溝正史のミステリ小説を地で行くような、人の生き死にが関わるような出来事がどこの家にも一つはあって、私たちはまず間違いなくその影響を受けています。

こうした出来事は普通、誰も話そうとせずなかなか表には出てきません。しかし表には出さずとも、その一端を垣間見てしまう瞬間を子供の頃に経験します。その時に「あれ?」と違和感を覚えても、口には出せません。周りの大人の顔色を見て、「この話だけはタブーだ」と直感するからです。

「詳細を知らなければ影響がないのでは?」と思うかもしれません。しかし実際はその逆です。なぜなら自分は知らなくとも、自分の父母や祖父母はその経緯を知っていて、その経緯によって形成された価値観に基づいて、子育てを行うからです。私たちはそうして理由を明らかにされないままに、その信念を継承させられます。だから自分の持つ信念体系のメカニズムが理解できずに、「やりたいけどできない」「頑張りたいのに頑張れない」という葛藤を抱えることになります。まさに「未知因子(アンノウンファクター)」です。私たちは自分のことを本当の意味では理解していないのです。

確かにあった出来事なのに誰もその話をしない。さも当然のように、なかったことにされている。家族、親族の間でタブーになっていて、暗黙の了解として蒸し返すのが憚られている。そして、それが二十年、三十年と続く内に、実際にみんな忘れてしまっている。そうした出来事を星を辿るでは、「凍結記憶(コールドメモリー)」と呼んでいます。凍結記憶は未知因子の中でも、特に大きく影響します。

信念には階層があります。はっきり言ってしまえば、「お金は汚い」「お金を稼げたのはズルをしたから」といった信念は浅い問題で、それに気づいて修正したところで根本的にはどうにもなりません。本当に自由に生きたい、あるいは自分らしく生きたいのではあれば、もっと深いレベルの信念とそれを作り出した因縁、すなわち自分がその家に生まれた運命と対峙する必要が出てきます。

コールドメモリーと表現したのは、こうした記憶を思い出す時、本当に背筋が凍るような戦慄が走るからです。私のクライアントは「思い出しただけで鳥肌が立った」と言いました。彼はその記憶を思い出して、自分が今の職業に就いたのは、ある親戚が理由だったことに、二十年経って初めて気づきました。しかも、その親戚の子供も自分と同じ職業についていて、間違いなくそれが理由だと、客観的にも確認が取れています。にもかかわらず恐ろしいことに、その親戚の話はこの二十年間、親族の間で一度も話題に上らず、彼もまた忘れていたのです。

このようにコールドメモリーはおいそれとは解凍されません。家族に「ウチって、他の人には話せないような、背筋が凍るような話って何かないかな?」と聞いて、「そういえば昔こんなことがあったわねー」と出てくるようならば大した話ではなく、そこまで影響されたりしません。それは人生の行き詰まりの果てに「そういえば昔……」と、あるいは絶縁もありうるような家族トラブルの果てに「実はウチはね……」とこぼれ落ちるものです。

大抵はどこかのポイントで「自分の人生はこんなものだ」と諦めて、普通の人生を送るようになります。普通とは規定路線という意味です。寝た子を起こさず、藪をつついて蛇を出さず、親の信念を継承して、親と似たような人生を引き継ぎます。カエルの子がカエルの子として、普通に生きて普通に死ぬ。それは悪いことでも、また間違ったことでもありません。

親が一族の因縁を話そうが話すまいが、そして子供が聞こうが聞くまいが、子供はその影響を受けて育ちます。そして知らないまま影響を受けるので修正することもできずに、場合によってはその子供が同じことを繰り返します。こうして不幸は繰り返され、それが「運命」と言われるようにようになります。

しかし、もしその運命を乗り越えて、「もっと自由になりたい」「もっと自分らしく生きたい」と願うのであれば、その自由の妨げとなっている未知因子に気づかねばなりません。未知因子はただ明らかになるだけで、その影響力を失い、その分だけ自由になれます。実際「こうしよう」と考えて起きるトラブルは、その因子に気づくための試練です。気づかないうちは繰り返され続け、気づけば自ずと自分の価値観が変わり、それに伴って自分のアプローチが変わるので解消されます。これが「変わりたいのに変われない」という悩みに対する本当の対処法です。

なかでもコールドメモリーは特に大きな転換点となります。ここを越えると一族の影響からある程度自由になり、自分という輪郭がはっきりするようになります。「自由」や「自分らしさ」にはそうした努力あるいは忍耐という対価が必要なのです。

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