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「自分がない」と感じるのは親のせい。子育てに悩む母親のケース。

投稿日:2018年4月22日 更新日:

人間は自分の親の影響を色濃く受けています。歩き方などの仕草から、「人間関係をどう捉えるか」といった考え方まで似通ってきます。そして、そこには好ましくないものも含まれます。

虐待を受けていた子供が大人になった時に、我が子を虐待してしまう。テレビや雑誌などでも取り上げられていますが、実際に話を聞いてみるとそのままの出来事が本当に起こっています。これは虐待だけに限りません。育児放棄や過干渉などいわゆる「毒親」で悩むお母さんは往々にして、そうした負の系譜を親から受け継いでしまっています。

子供につらく当たる時は、彼らは我を忘れています。そして、ひとしきりした後に、ふっと我に返り、自分がしでかしたことを悔やみます。この「我を忘れる」というのは慣用句ではありません。それは正に自分がかつて親にされたことであり、親の振る舞いをリプレイしています。その瞬間に自分はありません。

「自分が空っぽのように思えるんです」

子育てに悩むあるお母さんはそう言いました。身なりも話し振りもとても「空っぽ」のようには思えません。なのに、本人はそう感じています。そして実際にお話を聞いていくと、そう感じるようになったとしても何ら不思議ではない、筆舌に尽くしがたい仕打ちを受けてきたことが明らかになってきます。

たとえばあるお母さんは子供の頃に泣け叫んだ時、自分の母親が台所から包丁を持ち出したそうです。彼女はそれから泣くことを一切止めました。「泣く」というのはごく自然な感情表現の一つです。それを抑圧された人間がどれだけの我慢を強いられて生きてきたかは、想像するまでもありません。こういった過程を通して私たちは自分をなくし、それを負の系譜として受け継いでしまいます。

空っぽとは「何もない」という意味ではありません。たとえお金と地位と名声といった価値があったとしても、ただ自分というものを掴んでいないだけで、人は生きている意味が色褪せ、どうしようもない空虚さを感じるのです。そして、毒親で悩むお母さんであれば、その空虚にかつての親の振る舞いがそのまま収まります。それが我を忘れて、親のリプレイをするメカニズムです。

自分が毒親だと悩むお母さんが考えなくてはいけないのは、子育てではなく自分のことです。利己的に聞こえるかもしれませんが、己のためを考えた時、子供と適切な距離を取れるから母親なのです。自分を大切にした時に、子供のことを忘れるのであれば、それはそもそも母親ではありません。もちろんこれは父親にも同じことが言えます。

好きな音楽を聴く。好きな映画を見る。好きな店に買い物へ出かける。そんな風に自分を大切にすると、親に押さえつけられて忘れていた自分が蘇ってきます。すると「どうすれば」と悩むことなく、「私は私、子供は子供」と思えるようになります。その当たり前の距離感が過干渉と育児放棄を解消します。

こういったやり方はいわゆる育児本や子育て法に書いてありません。子育てというと、どうしても親子関係に限定されてしまい、「子供に対してどう振る舞うか」という方法論に終始してしまいます。

しかし、どんな親子にも通用する方法などありません。百組あれば百通りの、千組あれば千通りのやり方があります。しかし、その千通りに唯一共通するのが、それぞれ自分なりのやり方がある、というルールです。

空っぽな自分をそういった知識や理屈で埋めようとしてはいけません。子育てにはあれがいい、これがいい、と書いてある。でも「あれ」と「これ」では言ってることがまるで違う。一体どちらが正しいのかと悩むと、その正しさの迷路に迷い込んでしまいます。しかし、そこに明確な答えはありませんし、答えを出す必要もありません。自分はどこか他所ではなく、自分の所にしかないのです。これがビジネスに限らず、すべての人間に自己啓発が必要な理由です。

ですから、こうした負の系譜で子育てに悩む場合は、自分の親戚、親族から離れることが重要です。実際にそういったお母さんは実家に帰省すると、途端に良くない状態をぶり返してしまいます。

人にも場所にも、特有の雰囲気があります。その雰囲気に触れると、人はそこにまつわる記憶を思い出します。たとえ親にあれこれ言われなくとも、昔からの出来事を引きずってしまうのが人間なのです。自分の親であろうと誰であろうと、会いたくないのに会わなくてはいけない理由なんてありません。

空っぽに感じる。自分に自信がない。自分というものがわからない。それは周囲に引っ張られすぎている証拠です。それが時には子供のからずっと当たり前になりすぎていて、いかに異常なことなのかを認識できなくなってしまっています。

自分が「ない」ということはありえません。それは単に見えなくなっているだけです。虐げられてきた自分を大切にすれば、それは自然と表れてきます。悲しみの連鎖はどこかで打切らねばなりません。あなたがたとえに親に虐げられたとしても、どうかあなたの代でその悲しみの連鎖を断ち切ってあげてください。

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