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「自分とは何か?」の答えはひとつじゃない

投稿日:2018年7月22日 更新日:

先日ある女性から、「自分がわからない」という相談を受けました。その女性は過去に60万円という大金を払い、6か月間という長期間にわたる自己啓発のコースを受講したそうです。話を聞いた限りでは、名作映画の感想文提出や三泊に渡る合宿などカリキュラムはしっかりしています。

しかし、それでも彼女は効果を感じられませんでした。車や時計なら100万円出せば100万円分の、1000万円出せば1000万円分の商品が受け取れます。しかし自己啓発の場合、他人が与えられるのは、本人が望んだ分だけです。いくらお金を出しても、自助努力がなければ何も起きません。なぜなら、「自分」は「はい、これ」と手渡せるものではないからです。

私たちは無意識のうちに「答えは一つ」だと考えます。その方がわかりやすいし、便利だからです。しかし自分に関しては、そうではありません。「私は明るい人間なのか、それとも暗い人間なのか」「私は一人が好きなのか、それとも社交的なのか」「私は優しい人間なのか、それとも薄情な人間なのか」といった問いかけで、どちらかに割り切ろうとすると必ず例外が生まれます。

人間には明るい面もあれば、暗い面もあります。一人を好む面もあれば、社交的な面もあります。優しい面もあれば、薄情な面もあります。つまり一面的ではなく、多面的なのです。「自分には色々な側面がある」と理解するのが、自分を理解するということです。

しかし、社会ではこうした多面的な自己は無視されます。私たちは家族、学校、会社、趣味のサークルといったすべてのコミュニティで、役割を通して相手と接するからです。「子供」「学生」「会社員」といった役割には、それに相応しいとされる振る舞いを要求され、その要求にそぐわない部分は抑圧されます。これが多面的であった自己が奪われ、自分がわからなくなるプロセスです。

自己啓発はその名の通り、そうして閉じた部分を開く試みです。ですから計算やコンピュータの操作のように誰がやっても同じ結果になることはなく、それぞれが過去と向き合って、自分で答えを見つなくてはなりません。

人間は生きていれば色々あります。親に拒絶される。競争で負ける。才能を否定される。最愛の人に別れを告げられる。そうした過去と向き合うのが、抑圧された自分を助ける「自助努力」です。

好きなことをやればいい。やりたいことをやればいい。確かにその通りなのですが、それができないから、それがわからないから、多くの人間が困っています。自助努力が必要なので他人が請け負うことはできませんが、そういう仕組みがあることを説明する義務が自己啓発には含まれているのです。

私は相談業を生業としているので、よく人から「優しい」「親切」と言ってもらえます。しかし、私には「自分が薄情である」という自覚があります。薄情さが優しさに繋がり、優しさが残酷に繋がる。そういった矛盾を呑み込める大きさこそが、人の心です。

答えが二つも三つもあったら混乱すると、普通なら思うかもしれません。しかし、人の心は別です。「自分にはこんな側面もある、こんな側面もある」と見つけるほど、「自分とは何か?」が理解できるようになり、自分の行動や選択に自信を持てるようになります。

-セルフコントロール, 自己啓発

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