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物事が上手くいかないのは「トポロジーエラー(位相錯誤)」が原因

投稿日:2018年7月31日 更新日:

私たちは日々、様々な願望を思い描きます。しかし残念ながら、その大半は実現しません。これほど「こうすれば上手くいきますよ」という情報が書籍や動画やセミナーといった形で氾濫しているにもかかわらず、またその一つ一つが「実際に成功した人のやり方」という確かな内容なのにもかかわらず、なかなか真似できないのはなぜなのでしょうか。

その理由は根本的な誤解にあります。そもそも、「頭で思い浮かべた出来事」は実現しません。それは「億万長者になりたい」と思って、事業を立ち上げて成功し、実際に億万長者になった実業家でも一緒です。あるいは「ウィンブルドンで優勝したい」と思って、練習を重ねて試合を勝ち進み、実際にウィンブルドンで優勝したテニス選手でも一緒です。

「想像の億万長者」と「現実の億万長者」、「想像のウィンブルドン」と「現実のウィンブルドン」には、当たり前ですが大きな隔たりがあります。いわゆる「言うは易し、行うは難し」です。

この隔たりは億万長者やウィンブルドンといったスケールに限りません。たとえば「バナナが食べたい」と思って実際に食べた時も、「想像のバナナ」と「現実のバナナ」の間にはやはり隔たりがあります。

「想像のバナナ」は抽象思考の産物です。私たちがバナナが食べたいと思った時は、「黄色の皮」「クリーム色で棒状の可食部分」「甘い」「柔らかい」といった、バナナの一般的な特徴だけを取り出して想像しています。

ところが実際に食べるバナナは、一本一本状態が違います。まだまだ青くて食感も固ければ、甘くもなくてガッカリする場合もあれば、反対に一本千円もするような高級バナナで想像以上の美味しさに感動する場合もあります。

「バナナ」だけでなく「食べる」という部分についても、同じことが言えます。「食べたいな」と思った時は、「バナナを口に入れて味わう」という瞬間だけを想像しています。しかしもし家に買い置きがなければ、スーパーやコンビニに買いに行くほかありません。「想像の食べる」と「現実の食べる」のギャップには、皮を向く、キッチンに取りに行く、キッチンになければ買い物に行く、部屋着だったら外出着に着替える、といったプロセスが横たわっています。

とはいえ「想像のバナナ」と「現実のバナナ」のギャップは、そこまで大きくありません。「あ、そういえば切らしてたのか、仕方ない、面倒くさいけれど、ちゃちゃっと着替えて、近所のスーパーに買いに行ってこよう」と行動するだけです。

しかし億万長者やウィンブルドンなど、スケールが大きくなると話が違ってきます。私たちは億万長者の実際の生活を知りません。テレビでよく見る贅沢な暮らしや華やかな人間関係は全体のごく一部に過ぎません。にもかかわらず、そのたまたま見聞きしたイメージだけで億万長者に憧れて、「自分もああなりたい」と安易に取り組み始めてしまいます。

冷静に考えればわかることですが、億万長者の実際の暮らしが「良いことだけ」のはずがありません。家庭を顧みずに働いて家族に愛想を尽かされたり、何もかも思い通りになるせいでかえって生きがいを見失ったり、極めて困難な経営上の判断を迫られたりします。億万長者の想像と現実の間にある隔たりは、バナナの時とは比較になりません。

何か魅力的な人間や生き方に触れると、私たちは想像と現実をすぐに混同し、簡単にできると思い込み、「なぜ上手くいかないんだ」と落胆します。マーケティングの方法を知っては「これで稼げる」と思い込み、恋愛のテクニックを知っては、「これでモテる」と思い込み、ダイエットの方法を知っては「これで痩せられる」と思い込みます。

「実際にその人が生きてきた過程」と「成功の要因を抽出した方法論」は、「現実の億万長者」と「想像の億万長者」、「現実のバナナ」と「想像のバナナ」と同じくらい違います。その違いは成功者が意地悪で本当のことを教えていないのではなく、人間のコミュニケーションの限界に起因しています。ですから、テクニックやノウハウなど方法論を学ぼうとする者は、その背後にある現実を掴み取ろうとしなくてはなりません。

裕福な家に生まれたわけでもない一般の人間が「億万長者になりたい」と思ったら、「実際の億万長者はどんな暮らし、考え方をしているのだろう」と一段階具体化して考え、「それを体感するために、まずは本物と会ってみよう」と計画して、実際に講演会やセミナーに参加して会話する、といった程度のプロセスは最低限踏まなくてはりません。想像と現実のギャップを埋めるとは、そういうことです。しかし、実際はこのギャップを深く認識していないために、書籍やセミナーで言われた通りにするだけなので、結局、身にならずに終わってしまいます。

このように想像と現実を混同してしまうことを、星を辿るでは「位相錯誤(トポロジーエラー)」と呼んでいます。トポロジーは位相幾何学という数学の一分野で、定性的に図形の特徴を調べようとします。

たとえばトポロジーで考えた場合、ドーナツとマグカップは「同じ図形」とみなすことができます。ドーナツ型の図形の一部を大きく膨らませて、その膨らんだ部分に凹みを作り、穴を小さくすれば、マグカップ型の図形なります。切ったり、何かを付け加えたりせず、伸ばしたり縮めたり、膨らませたり凹ませたり、変形させてできる図形を「同じ(同相)」と考えるのがトポロジーです。

とはいえ、ドーナツとマグカップは私たちの生活においてはやはり違います。ドーナツに飲み物は注げませんし、マグカップは食べられません。「想像の億万長者」と「現実の億万長者」の関係にも全く同じことが言えます。「億万長者」という点では同じでも、想像と現実は全く違います。しかし、これを同じだと思うからおかしくなります。

人間の意識は位相的に二つに分類できます。ヘッドイメージ(思考)とネーブルイメージ(身体)です。これまでに説明した「想像の億万長者」「想像のバナナ」はヘッドイメージに、「現実の億万長者」「現実のバナナ」がネーブルイメージにそれぞれ対応しています。

「物事を実現」するとは、「実際にそうした行動を取る」ことを意味しています。「どこかに出かける」「何かを購入する」「何かを作る」「誰かと会う」といった行動はすべて身体が関わっています。現実性と身体性はイコールです。どんな考えも身体性を獲得していなくては、決して現実にはなりません。ネーブルは英語で「ヘソ」を意味しますが、物事にはいわゆる「腑に落ちる」「ハラ落ち感」が必要なのです。これは単なる比喩表現ではなく、実際に腹部の感覚が極めて重要になります。

頭と口だけが繋がっていても、口先だけの有言不実行になるだけです。しかし、私たちはこの状態に終始しています。誰かに教わったノウハウや自分の閃きがただそれだけで現実になると思い込んでいるのです。

想像と現実、頭とハラ、その内容をどちらで意識しているのか。ハラに据わっていれば行動に反映され、頭で想像しているだけでは蜃気楼のように消えてしまいます。「これならいける」と感じても、もしその位相がずれていたら、つまりトポロジーエラーを起こしていたら、その先にあるのは落胆です。「自分がこういうことをしてみたい」と思った時は、それがヘッドイメージだけでなく、ネーブルイメージが伴っているかを必ず確認してみましょう。

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