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仕事に役立つ直観術。瞑想やマインドフルネスが閃きを生み出す仕組み

投稿日:2018年7月18日 更新日:

私たちは「同じことを繰り返したら、同じ結果が繰り返される」ことを知っています。だからこそ現状を突破するために、新しい情報や新しい出会いを常に求めています。その中でも特に求めているのが閃き、直観です。現実を作るのは思考であり、新しい現実を作るには、新しい思考が必要です。

私たちは一日に六万回から七万回思考していると言われています。しかし、その大半は前日と変わりません。それを自分自身でも何となくわかっていて、だからこそ今までにない新しい思考が生まれた時は電撃のように光を放ち、「これはいけるんじゃないか」という実感が伴います。

一体どうすれば、このごく稀にしか起きない直観を誘発できるのか。閃きに満ちた人生を送れるのか。自己啓発では、それがテーマの一つになっています。そして、その手段として取り上げられるのが瞑想、今でいうマインドフルネスです。

「人生やビジネスに瞑想がいいらしい」という話は昔から言われています。忙しない心、思考の嵐をある程度静めなければ、雑多な思考と新鮮な直観を分別できません。ブックオフに行って探せば、80年代や90年代に書かれた本にも同じ内容が書いてあります。人間がやっていることはいつの時代も同じで、ただその時代時代で呼び名が変わるだけです。

「瞑想」というと古臭くて怪しいので、「マインドフルネス」と横文字にする。しかも、グーグルやアップルといったシリコンバレーの名だたる企業で採用されているという付加価値を持たせる。そういったアクセサリがなければ興味を持てないのは滑稽といえば滑稽ですが、同時に必要なことでもあります。

人間は何でもすぐに飽きてしまいます。上着のことを英語の「ジャンパー」ではなく、フランス語の「ブルゾン」と呼ぶようになったのと同じ事情です。しかし、「瞑想」と呼ぼうが「マインドフルネス」と呼ぼうが、やっていることは昔と変わりませんし、悩むポイントも一緒です。

「瞑想がいいらしい」と知って始めようとすると、大抵は「瞑想とは何か?」という勉強の段階でつまずきます。瞑想はもともと宗教から起こったもので、様々な宗派、流派が独自の思想で解釈しているため定義が非常に曖昧です。

ゴールが違えばスタートも違うので、その手法も多種多様です。呼吸を意識する呼吸法、同じ言葉を繰り返すアファメーション、情景を思い浮かべるイメージング、自分の行動を言語化するヴィパッサナーなど色々あります。

瞑想やマインドフルネスに興味を持っても、「どれが本当の瞑想なのか、どれが一番正しいのか、効率的なのか」と悩んでしまいがちです。しかし大切なのは自分が何を求めているかです。現代で社会生活を営んでいれば、「深遠な瞑想の世界を極めてやる」とか「悟りを開きたい」とは考えていないでしょう。求めているのは「閃き」や「直感」であり、どうすればそれを誘発できるのかという法です。

そのためにオススメなのが同じ言葉を繰り返すアファメーションです。それも「私は日に日にますます良くなる」といった自己啓発的な短文ではなく、お経や祝詞といったそこそこ長い文章を暗記して唱えていると、その最中に「ああでもない、こうでもない」と思考が浮かんできます。それこそが誘発された直観であり、自分の次の行動の指針となります。

般若心経といったお経や、大祓といった祝詞の内容は、いつの時代の誰にでも通用するゴールデンルールです。例えば自己啓発でよくある「自分を大切にしましょう」「世のため人のためになりましょう」といったお題目は、誰にでも当てはまる抽象的な内容です。それは当たり前すぎて、空疎のように思えるかもしれません。しかし、だからこそその空疎に自分が考える余地があります。その自分が考えた内容こそが知恵になります。

直観を求めるのは、状況が煮詰まり、何かしらの打開策が必要だからです。人間は理屈で考えれば考えるほど型にはまった発想しか出てこなくなります。そんな時に瞑想は全く新しい視点から、新しい思考が浮かんでくるように仕向けられます。

瞑想には「無念無想の状態」というイメージがありますが、これは誤解です。確かにお経や祝詞に意識を集中し始めた瞬間は無念無想かもしれませんが、すぐに色々な思考が浮かんできます。これを雑念と切り捨てるのではなく、内なる答えとして使うと物事が捗ります。

私の場合は、毎朝祝詞を唱えています。すると唱えている間に、「今日は人間関係について記事を書こう」といった考えが浮かんできます。お陰さまでブログでよくあるネタ不足に困ることはありません。このように抽象的なゴールデンルールと、具体的な自分の仕事をミクスチャーさせて生み出すのが知恵であり、直観です。

朝は何時に起きろ。夜は何時に寝ろ。食事はこれを食べろ。こういう運動を週に何回しろ。スケジュールはこう作れ。こういった方法論は具体的ですが、自分で考える余地がありません。それは単なる知識であり、自分の生活に組み込めません。抽象的な内容だからこそ、それが可能となるのです。

私の場合はたまたま祝詞の大祓ですが、もし仏教に関心があれば般若心経などを唱えればよいでしょう。キリスト教徒であれば祈りの言葉が適切です。このように瞑想やそれを生み出した宗教は私たちが生きるヒントになりえますが、だからといって特定の宗教にこだわる必要はありません。

瞑想にしろ宗教にしろ、「何が正しい方法か?」「何が正しい教えか?」といったことを追求せずに、自分の人生に役立てるのが自己啓発的な態度です。自分で好きなものを選んで、自分の直観の呼び水にしましょう。

-自己啓発, 身体

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